名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)2510号 判決
原告らの表示 大木康子<外九六名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 籠橋隆明
被告 末広真樹子
右訴訟代理人弁護士 宮嵜良一
同 村上玄純
同 巻淵眞理子
同 小沢俊夫
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙原告目録(一)記載の各原告らに対し、それぞれ五〇万円及びこれに対する平成一〇年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙原告目録(二)記載の各原告らに対し、それぞれ五万円及びこれに対する平成一〇年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、別紙原告目録(三)記載の各原告らに対し、それぞれ五万円及びこれに対する平成一一年一一月二六日から文払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告の地位
(一) 被告は、平成六年当時、芸能タレント業を営んでおり、中部地方では「真季子とともに」という東海ラジオの人気番組に出演し、人気を博していたところ、同年八月に行われた参議院愛知選挙区における参議院議員選挙に立候補したが、落選した。
(二) 被告は、平成七年七月に行われた参議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補し、約三六万票を獲得して当選した。
その経緯は、以下のとおりである。
(1) 被告は、当時の大阪府知事横山ノックや犬山市長石田芳弘などを推薦人として、「まきこと共に歩む市民パーティー(末広まきこ後援会)」(以下「市民パーティー」という。)を結成した。
(2) 被告は、選挙運動に際し、徹底して無党派をアピールして票を獲得する戦略を取り、<1>宣伝カーには大きく無党派の文字を掲示し、<2>政見放送では、自己の無党派を鮮明に打ち出し、「私はこの参議院選挙で多数の政党から公認のお願いを受けましたがお断りしました。既成政党の無節操な連合では納得がいかないといって、昨年立候補したのですから、その初心を貫くべくどこの政党にも援助を受けない個人商店で厳しい選挙戦を戦います。」と述べ、<3>法定ビラには、「既成政党の推薦を受けた無所属ではなく、庶民の一人として庶民と共に無党派の力を集めて、新しい政治の流れをつくりだしますのでご声援よろしくお願い致します。」と記載したほか、<4>新聞記事においても、徹底的に既成政党を批判し、無党派であることを打ち出しており、その他のマスメディアへの出演の際も、自由民主党を中心とした既成政党を徹底的に批判し続けるなどした。
(3) また、被告は、自然との共生を訴え、愛知万博に徹底的に反対することを公約とした。
すなわち、被告は、海上の森での万博開催に絶対反対の姿勢を打ち出し、万博予定地の土地の立木を一本一本反対する市民に売却して明認方法を設けるという立木トラスト運動を提唱したり、絶対反対を掲げて東京でのデモ行進の先頭に立ったり、テレビ討論会で絶対反対を打ち出すなどした。
(4) 被告は、このような選挙活動を通じて、既成政党に不満を持つ原告らのような人々の支持を取り付けていき、また、メディアを通じて選挙ボランティアを募集し、多くの人が被告は無党派という新しい政治の流れを作る者であると信じてボランティアに参加した。別紙原告目録(一)記載の原告ら(以下「原告後援者ら」という。)も右ボランティア活動を行った人々である。
そして、被告は、以上のように、無党派であることを大いに宣伝して、本件選挙に当選したのである。
(三) 被告は、本件選挙に当選した後も、無党派を掲げ、多くの支持者に行動を呼びかけ、支持者らとともに、<1>愛知県内各地における「末広まきこを囲む会」(以下「囲む会」という。)の実施、<2>夏の後援会総会のパーティー券の販売・買取り、<3>ナホトカ重油事件でのカンパの取組や、住専問題での署名活動、<4>人の集まる場所での後援会ニュースの配付、<5>国会見学などの活動を行った。
(四) 被告は、平成九年一二月三一日、ひそかに自由民主党に入党し、平成一〇年一月七日、東京において自由民主党入党の事実を公表した。
さらに、被告は、平成一〇年一月一〇日、自由民主党愛知県連事務所内で記者会見を行った(以下「本件記者会見」という。)。本件記者会見において、被告は、無党派であることを放棄して自由民主党に入党したこと、万博については、反対をやめて推進する立場に立つことを発表した。
2 原告らと被告との関係
(一) 原告大木康子(以下「原告大木」という。)
原告大木は、被告の本件選挙に関し、後援会会長として選挙活動を支援した者である。
原告大木は、被告と関わるまでは特に政治活動に関わることはなく、平成七年六月初めころ、同原告の所属する日本美術刀剣保存協会月例会において、被告から、突然、被告の選挙の後援会会長になってほしいと依頼されたが、いったんは断った。
しかし、同月一四日、被告の秘書と名乗る小野田美恵子から、電話で、無党派の代表として被告が立候補することの意義について話があった上、ぜひ後援会会長になってほしいと説得され、原告大木は、無党派候補の被告が当選することは意義深いと考え、市民パーティーの会長、すなわち、後援会会長となることを了解した。
そこで、原告大木は、被告の選挙事務所開きに出席し挨拶を行った上、風船などで派手に飾り付けたオープンカーに乗り込み周辺部を走り回った。その後の選挙期間中も、近所の商店街に応援の要請に出掛けたり、知人に投票依頼をするなどの選挙活動を行った。
当選後も、後援会会長を続け、愛知県内各地で囲む会を実施することを要請したり、パーティー券を販売したり、署名活動やカンパを求める活動にも参加した。
(二) 原告浦山守充(以下「原告守充」という。)及び原告浦山英子(以下「原告英子」という。)
原告守充と原告英子は夫婦であり、肩書住所地のマンションを所有し、その一室を被告に賃貸していた上、同マンションで喫茶店「モリエール」を経営しており、これまで特に政治に関心を示したことはなかったが、平成七年五月二五日、被告の秘書役を引き受けていた森川及び小野田から、被告の支援活動と、喫茶店「モリエール」で被告の出馬表明の記者会見を実施することを依頼され、同原告らも「いいですよ。」と応じることとした。
その後、同原告らは、被告を応援するため、選挙活動について被告と様々な協議をした上、被告の依頼により右喫茶店において選挙期間中の運動員の夕食を準備したり、右喫茶店を無償で集会場や選挙活動の会議の場として提供したり、徹夜での選挙準備、ポスター貼りや、支持者を増やす活動などをして、懸命に応援してきた。
被告の当選後も、囲む会の呼びかけ、ビラ配り、喫茶店への客をはじめとした知人への支持の依頼を続けた。
(三) 別紙原告目録(二)及び(三)記載の原告ら(以下「原告支持者ら」という。)
原告支持者らは、本件選挙において、被告が無党派であること、愛知万博に反対する者であることを理由に、被告を支持し、又は、被告に投票した者である。
3 被告の原告後援者らに対する債務不履行
(一) 契約の締結
被告は、原告後援者らとの間で、原告後援者らが被告の政治活動を有償、無償で応援すること(具体的には、被告への支持者の拡大、被告の政治的立場・意見の広告宣伝、被告の政治活動を援助するための役務の提供、自己の占有する店舗・自宅の提供など)を内容とする合意(無名契約)を締結した(以下「本件契約」という。)。
すなわち、原告大木については、前記2(一)のとおり、平成七年六月ころ被告から後援会会長となるよう依頼され、同月一四日にこれを承諾したことにより、本件契約が締結され、原告守充及び原告英子については、前記2(二)のとおり、同年五月二五日、被告の秘書役である森川及び小野田から、被告の支援活動等を依頼され、右原告らがこれに応じたことにより、本件契約が締結された。
(二) 本件契約による被告の義務
本件契約は、無党派であること(それも既成政党を徹底的に批判するタイプの無党派であること)及び海上の森での万博反対という被告の二つの公約を信じ、これを実現するために、被告の選挙活動、政治活動を応援するという信頼の下に、被告の依頼に基づき締結された契約であって、原告後援者らと被告との間にはこのような特殊・個別的な信頼関係が存在していたことからすれば、本件契約に付随して、信義則上、被告において、原告後援者らの信用、名誉などの人格的利益に対して配慮すべき義務が存在するというべきである。
被告は、前記1(四)のとおり自由民主党へ入党し、万博推進の姿勢に転じるという破廉恥な変節行為を行うに至ったのであるが、これに対する非難が被告を支持して活動してきた原告後援者らにも向けられること、被告の変節が、無党派・万博反対を理由に被告の支持を呼びかけてきた原告後援者らの社会的信用を毀損し、それまで築き上げてきた人間関係を破壊し、それまで選挙につぎ込んできた労力を全く無にするものであることは容易に予想できることである。
したがって、被告は、右配慮義務に基づき、被告の変節による原告後援者らの右のような被害を最小限に抑えるために、被告が公約反故を公表する前に、これを原告後援者らに説明すべき義務があったというべきである。
(三) 被告の債務不履行
しかるに、被告は、前記1(四)のとおり自由民主党へ入党し、万博推進の姿勢に転じるという変節行為を行うに際し、本件記者会見による公表前に、原告後援者らに対し何らの予告も事前説明もしなかった。
被告が自由民主党に入党することは極秘裏に進められ、原告後援者らは、これを事前には全く知る機会がなく、新聞、テレビなどのマスコミによって初めて知ったのである。
(四) したがって、被告には、本件契約に付随する、原告後援者らに対する説明義務に反した債務不履行がある。
4 被告の原告後援者らに対する不法行為(説明義務違反)
(一) 仮に、原告後援者らと被告との間において前記3のような契約関係が認められないとしても、原告後援者らが、被告から被告の後援活動の依頼を受けていた事実、被告の後援会に所属していた事実、被告とともに投票依頼・政治的宣伝活動を行っていた事実、被告の選挙活動・政治活動に便宜を図ってきた事実などから、原告後援者らと被告との間には特殊・個別な信頼関係が存在した。
(二) 右信頼関係によれば、被告が、前記1(四)のとおり自由民主党へ入党し、万博推進の姿勢に転じるという変節行為を行うに際しては、少なくとも、その公表以前に公約を反故にすることを原告後援者らに予告、説明すべきであったにもかかわらず、被告は、本件記者会見による公表前に、原告後援者らに何らの予告も、事前説明もしなかったもので、これは、右信頼関係を裏切り、原告後援者らの信用・名誉に配慮しなかった行為として不法行為を構成するというべきである。
5 被告の原告後援者らに対する不法行為(侮辱行為その1)
(一) 被告は、本件記者会見において、「あの人達は何を言っても変わらない人達」と発言した。
(二) 被告は、本件記者会見、平成一〇年四月一七日にテレビ朝日で放送された「ワイド!スクランブル」という番組(以下「ワイド!スクランブル」という。)及び平成一〇年九月五日に東海テレビで放送された「報道原人」という番組(以下「報道原人」という。)において、「私には後援会はありません。」と発言した。
(三) 前記(一)、(二)の被告の各発言は、被告の掲げた公約の下、自らの良心に基づき、被告への投票の呼びかけ、会議・宣伝準備などの選挙活動の拠点となる場所の提供、活動員への差し入れなどの選挙活動を行い、被告の政治的信条を記載したチラシの配布、後後会地域組織の開催等により、被告の政治活動を応援してきた原告後援者らの活動を否定する重大な侮辱行為であり、原告後援者らに対する不法行為を構成する。
6 被告の原告らに対する不法行為(侮辱行為その2)
(一) 被告は、本件記者会見において、「私一人で耐えて、全部わたくしが三六万票いただいたわけですから、これは私一人で、がんばってどこの土俵に持っていくかというのは、自分で決めるべきだ。」と発言した。
(二) 被告の前記発言は、原告らがあたかも被告の公約とは無関係に選挙活動したり、投票活動したかのような発言であり、原告らの良識を傷つけ、精神的打撃を与えたもので、原告らに対する不法行為を構成する。
7 損害
(一) 原告後援者ら
(1) 原告後援者らは、前記3又は4の被告の行為により、精神的苦痛を受け、右苦痛の相当額は一人当たり四五万円を下らない。
(2) 原告後援者らは、前記5及び6の被告の行為により、精神的苦痛を受け、右苦痛の相当額は一人当たり五万円を下らない。
(二) 原告支持者ら
原告支持者らは、前記6の被告の行為により、精神的苦痛を受け、右苦痛の相当額は一人当たり五万円を下らない。
8 結論
よって、
(一) 別紙原告目録(一)の原告らは、被告に対し、それぞれ、前記3の債務不履行又は前記4の不法行為に基づく損害賠償請求として四五万円、前記5及び6の不法行為に基づく損害賠償請求として五万円の合計五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、
(二) 別紙原告目録(二)の原告らは、被告に対し、それぞれ、前記6の不法行為に基づく損害賠償請求として、五万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成一〇年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、
(三) 別紙原告目録(三)の原告らは、被告に対し、それぞれ、前記6の不法行為に基づく損害賠償請求として、五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年一一月二六日から文払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、
の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1について
(一) 同(一)の事実は認める。
(二) 同(二)冒頭の事実は認める。
同(1)の事実は認めるが、市民パーティーが後援会であるとの主張は争う。被告において、組織化された後援会は存在しない。
同(2)のうち、被告が<1>ないし<3>の行為をしたことは認めるが、その余は否認する。
同(3)のうち、被告が本件選挙において、自然との共生を訴えたことは認めるが、その余は否認する。被告は、従前愛知県が推進していた産業万博に反対していたものである。
同(4)のうち、被告が選挙ボランティアを募集したこと、原告後援者らが、本件選挙における被告の選挙活動に関し支援活動をしたことは認め、その余は不知。
(三) 同(三)のうち、<1>ないし<5>の活動があったことは認める。
(四) 同(四)のうち、被告が、平成九年一二月三一日、自由民主党に入党したこと、本件記者会見を行ったことは認め、その余は否認する。
2 同2について
(一) 同(一)のうち、原告大木が本件選挙において被告の後援会会長と称したこと、原告大木が日本美術刀剣保存協会に所属していたこと、平成七年六月の右協会月例会において、被告が原告大木に対し選挙支援を要請したこと、原告大木が選挙事務所開きの際に挨拶を行ったこと、本件選挙期間中の選挙活動及び被告の当選後の選挙活動の内容は認め、その余は否認ないし不知。
(二) 同(二)のうち、原告守充と原告英子が夫婦であること、原告守充と原告英子が肩書住所地のマンションを所有し、その一室を被告に賃貸し、また、同マンションで喫茶店「モリエール」を経営していること、原告守充及び原告英子が被告の選挙活動を支援したこと、選挙活動中、同原告らが同原告らの店舗で食事を提供したこと(ただし、有償)、本件選挙後、被告が同店舗を集合場として有償で二回借り受けたことは認め、その余は否認ないし争う。
(三) 同(三)は不知。
3 同3について
同3(一)ないし(四)は否認ないし争う。
(一) 原告後援者らと被告との間には、契約関係は存在しない。
そもそも契約とは、契約当事者に拘束力を伴うものであり、債権者は債務者に対し権利を有し、債務者は債権者に対して義務を負うが、原告後援者らと被告との間には、このような権利義務の関係はない。
原告後援者らは、被告の政治活動を有償・無償で応援することをもって、原告後援者らが被告に対し債務を負ったとして主張するようであるが、これら政治活動の支援は、契約上の債務として履行されたわけではない。
国会議員と同様、有権者もまた、国会議員から自由・独立に行動し得るものであって、仮に有権者が、支援を約束した翌日、別の国会議員を支援してもそれが債務不履行になることなどはあり得ない(憲法一五条四項)。
また、原告後援者らの主張する契約において、被告がどのような債務を負うのか、全く明らかではない。
以上のとおり、原告後援者らと被告との間には何ら契約関係はなく、債務不履行など存在しない。
(二) 被告は、自由民主党入党については、それまで無所属の参議院議員五名で会派を結成し活動してきたが、参加議員が次々に抜けたので、このままでは議員活動を通じて有権者の意見を国政に反映させることは極めて困難であることを、平成九年九月発行の「ニュースレターVOL.26」で既に訴えていた。その後も同じような伏況が続き、平成九年の年末には、とうとう一人になることが予想され、各政党からの入党打診が重なる中、自由民主党入党を、同年一二月二七日に決行した。自由民主党入党の意思を事前に表明することは政治的な混乱を招く恐れがあったこと、時期的にも年末の慌ただしさの中で決定せざるを得なかったことから公に事前説明をすることは困難だった。しかし、原告大木に対しては、平成一〇年一月一日に、原告大木宅に赴き報告している。また、これまで囲む会を主催してくれた支持者に対しても説明すべく、「末広まきこを囲む会世話人総会」と名付けて説明のための会合を平成一〇年二月一日に開催すべく企画し、支持者二〇名ほどに案内状を発送したが、マスコミから被告事務所への問い合わせが殺到したため、平成一〇年一月二二日、中止の葉書を発送の上、説明会に代わるものとして「ニュースレターVOL.31」で報告することとした。
そもそも、国会議員は、一政党や一地域を代表するものではなく、全国民の代表として自己の見識と良心に従って行動し得るものであり、また行動すべきことを要請されているものである。また、政党は議会制民主主義の根幹をなすものであって、政党に入党して政治活動をすることを悪と考えることは、政党の意義を理解しない前近代的な考え方である。被告が入党した自由民主党は、適法に結成された政党であり、被告が自由民主党に入党することは憲法二一条一項により保障される行為である。
(三) また、被告が愛知万博について自己の意見を表明する行為も、表現の自由により憲法上保障される行為であり、国会議員である被告にとって、純粋な政治活動そのものである。そして、被告は、一貫して、従前愛知県が進めていた産業万博に反対していたところ、被告の政治活動の成果もあって、愛知県はいわゆる環境万博へとその方針を転換したものであり、これは被告の従前からの政治理念とは全く矛盾しない。
被告は、愛知万博に関して、定期的に「ニュースレター」を発行し、又は、愛知県内各所で囲む会を催してもらい、被告の活動や意見を表明したりする中で、平成七年一二月の閣議決定(「環境万博」に理念を変更の上、海上の森を会場にして行うことを決定)を受けて、その間の被告の活動の経緯や、被告が万博賛成になった理由、今後の活動方針等につき、支持者らへの説明を繰り返してきた。
4 同4について
同(一)、(二)は争う。
前記3(二)、(三)の事情に加え、国会議員は選挙民又は支持者の個別の意図には拘束されない自由委任を受けた立場にあることに鑑みれば、被告が、法的保護に値する原告後援者らの人格的利益を侵害したとまではいえない。
5 同5について
(一) 同(一)について、そのような趣旨の発言をしたことは認める。
ただし、右発言は、本件記者会見における「栄公園で一緒にデモ行進に参加した人達には、万博賛成に同意したことへの説明をしたのか。」という趣旨の質問に対する答えであって、ここにいう「あの人達」というのは平成七年一二月ころの栄公園でのデモ行進に参加した人々を指している。
(二) 同(二)は認める。
ただし、「私には後援会はありません。」との発言は、「自由民主党入党につき後援会に事前に諮ったか。」という趣旨の質問に対する回答であって、その趣旨は、被告において後援会としての実体を備えた組織がないこと、特定の組織・団体や政党のバックアップを受けずに当選したことを強調することにあったにすぎない。
政治家の後援会とは、通常、会長以下執行役員が定められ、規約を持ち、会員名簿を備え、会費を徴収するといった形態で運営される。
選挙となれば、後援会会長が形式上は陣頭指揮を執り、選挙事務所を設けて人員を配置し、演説会を準備主催し、ポスターやチラシを用意して掲示・配布する、運動員を手配する等の選挙活動を展開する。しかし、被告においてはこのような組織的な後援会は存在しなかった。
(三) 同(三)は争う。
被告の各発言は、発言そのものをみても原告後援者らを侮辱するものでないことは明白であり、被告の意図としても、侮辱の意図はなかった。
6 同6について
同(一)は認めるが、同(二)は争う。
被告の発言は、付託された三六万人の信任をいかに有効に生かすかの責任は被告自身にあるとの決意を述べたものにすぎず、何ら原告らを傷つける性質のものではない。
7 同7は争う。
原告らが被侵害利益として主張する名誉感情又は良識については、その内容が曖昧であり、そもそも、法的に保護されるべき利益ではない。
また、原告後援者らは、現在までに多くの報道・テレビ出演において、本件に関する自己の意見を表明しており、自己の名誉感情について十分防御の機会が与えられ、また、回復しているというべきである。
理由
一 本件の事実経過について
請求原因1(一)の事実、同(二)の冒頭の事実、同(1)の事実(ただし、市民パーティーが後援会であることを除く。)、被告が同(2)の<1>ないし<3>の行為をしたこと、被告が本件選挙において、自然との共生を訴えたこと、被告が本件選挙において選挙ボランティアを募集し、原告後援者らが、本件選挙における被告の選挙活動に関し支援活動をしたこと、同(三)の<1>ないし<5>の活動があったこと、被告が平成九年一二月三一日自由民主党に入党したこと、本件記者会見を行ったことは当事者間に争いがなく、右事実に、証拠(甲三、五、六、二三、二五、二八、二九、三〇、乙一三の1及び2、原告大木康子、原告浦山守充、原告斎藤縣三)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件の事実経過について、以下の事実が認められる。
1 被告は、芸能タレント業を営み、中部地方では「真季子とともに」という東海ラジオの番組に出演していたところ、平成六年八月、参議院議員愛知選挙区に立候補したが、落選した。
2 被告は、平成七年七月の参議院議員選挙(本件選挙)に再度立候補することを決意し、政治団体である「末広まきこを国政に送る会」を改変して自らを代表者とする市民パーティーを結成し、当時の大阪府知事横山ノックや犬山市長石田芳弘などを呼びかけ人とした。
市民パーティーは、「末広まきこ後援会」と称しており、原告大木は、被告から依頼されて市民パーティーの会長に就任し、後援会会長という名称を使用して、選挙活動を行ったが、市民パーティーには、執行役員の定め・規約・会員名簿・会費の徴収及び管理の定め等は存在せず、財産の管理は被告事務所において行われ、市民パーティーにおける意思決定は被告が行い、右意思決定が伝達されて行動に移されるというものであったため、いわゆる政治家の個人後援会といった組織化されたものとは大きく隔たりがあった。
被告は、選挙活動において、被告の宣伝カーに大きく無党派の文字を掲示したり、政見放送では自己の無党派を鮮明に打ち出し、「私はこの参議院選挙で多数の政党から公認のお願いを受けましたがお断りしました。既成政党の、無節操な連合では納得がいかないといって、昨年立候補したのですから、その初心を貫くべくどこの政党にも援助を受けない個人商店で厳しい選挙戦を戦います。」と述べたり、法定ビラには、「既成政党の推薦を受けた無所属ではなく、庶民の一人として庶民と共に無党派の力を集めて、新しい政治の流れをつくりだしますのでご声援よろしくお願い致します。」と記載するなど、無党派という点をアピールした。
また、被告は、自然との共生を訴え、法定ビラに「自然との共生、瀬戸での愛知万博は時代に逆行するものです。」と記載するなどした。
そして、被告は、メディアを通じて選挙ボランティアを募集するなどして、選挙活動を行った。
3 平成七年七月二三日、本件選挙の投票が行われ、被告は約三六万票を得て当選した。
4 被告は、当選後、愛知県内各地で囲む会を実施したり、ナホトカ重油事件でのカンパの取組、住専問題での署名活動、大相撲の名古屋場所など人の集まる場所で後援会ニュースを配布することなどを行った。
5 被告は、平成九年一二月三一日、自由民主党に入党し、平成一〇年一月七日、東京にて自由民主党入党の事実を公表した。さらに、同月一〇日、自由民主党愛知県連事務所内で記者会見(本件記者会見)を行った。
二 被告の原告後援者らに対する債務不履行について
1 原告後援者らは、被告との間で、原告後援者らが被告の政治活動を有償、無償で応援することを内容とする一種の無名契約を締結したと主張する。
しかしながら、そもそも、契約とは、これに基づき、債権者が債務者に対し権利を有し、債務者は債権者に対し右権利に対応した義務を負い、右関係は法的拘束力を伴い、債務者が自己の義務を履行しない場合、債権者は国家権力の助力により、債務者に対し義務の履行を強制させることができ、また、債務不履行によって生じた損害につき賠償請求ができるというものである。
ところが、元来、選挙民がいがなる候補者を支援し投票するかの自由は、当該選挙民の思想良心の自由に関わる事項であり、また、民主主義の前提及び根幹をなすものであるから(憲法一九条、二一条一項参照)、ある候補者への支持を表明しても、これを撤回することは自由であり、また、他の候補者への支持を表明することも、その選挙活動を行うことも自由であるといわざるを得ない。そうだとすれば、特定の候補者の政治活動を応援することを約したからといって、法的拘束力を伴う契約上の債務が成立したと解することはできない。
2 よって、本件において、原告後援者らにおいて、被告からの、被告の政治活動を応援してほしいとの依頼に応じた事実があったとしても、これをもって、原告後援者らと被告との間に何らかの契約が成立したということはできないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告後援者らの債務不履行に基づく請求は理由がない。
三 被告の原告後援者らに対する不法行為責任(説明義務違反)について
1 原告後援者らは、仮に、原告後援者らと被告との間に契約関係が認められないとしても、被告から被告の後援活動の依頼を受けていた事実、被告の後援会に所属していた事実、被告とともに投票依頼・政治的宣伝活動を行っていた事実、被告の選挙活動・政治活動に便宜を図ってきた事実などから、原告後援者らと被告との間には特殊・個別な信頼関係が存在しており、被告が、自由民主党へ入党し、万博推進の姿勢に転じたことを、本件記者会見前に原告後援者らに対して何らの予告も事前説明もしなかったことは、右信頼関係を裏切り、原告らの信用・名誉に配慮しなかった行為として不法行為を構成する旨を主張する。
なるほど、国会議員は、公約を掲げ、選挙区の選挙民の支持を得て選出される者であるから、自らの政治活動について選挙民に対して説明しなければならない政治責任があることはもちろんであり、加えて、当該国会議員の選出の過程を通じ具体的な選挙活動に関わった支援者にとって、当該国会議員がどのような政治活動を行うかは重要な関心事であるから、当該国会議員が自らの政治活動を説明しない場合には、右支援者らから道義的な非難を浴び、あるいは、政治的批判を受ける場合があることも当然である。
しかしながら、憲法四三条一項は、「両議員は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と定めるところ、「全国民の代表」とは、議員はいかなる選挙方法で選ばれた者であっても、すべて等しく全国民の代表であり、特定の選挙人・党派・階級・団体等の代表者ではないこと(近代的な意味における国民代表)、また、議員は選挙区の選挙民の具体的・個別的な指図に対して法的に拘束されず、自由・独立に行動し得ること(自由委任)を意味するものとされているのであって、そうである以上、当該国会議員が自らの政治活動について説明しないことをもって、前記道義的非難や政治的批判を超え、法的責任を追及し得るものと解することはできない。
2 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告後援者らの不法行為(説明義務違反)に基づく請求は理由がない。
四 被告の原告後援者らに対する不法行為責任(侮辱行為その1)について
1 被告が、本件記者会見において、「あの人達は何を言っても変わらない人達」との趣旨の発言をしたこと、本件記者会見、ワイド!スクランブル及び報道原人において、「私には後援会はありません。」との趣旨の発言をしたことは当事者間に争いがなく、右事実に、証拠(甲二三、二五)及び弁論の全趣旨を総合すると、
(一) 本件記者会見において、被告が、記者と愛知万博について質疑応答していた際に、記者の「末広さんと行動を共にされた方はまだ、いまだに反対運動を続けているのではないか。」という旨の質問に対する回答として、「あの、その方たちは何がどう向いても反対なんじゃないですか。」と発言したこと、
(二) 本件記者会見において、被告が「後援会という組織はないんです。」と発言したこと、
(三) ワイド!スクランブルにおいて、後援会についての質問を受けた際に、被告が「後援会という組織はないんです。わたくし選挙も勝手連でしたし、その後も、組織というものはないんです。」と発言したこと、
(四) 報道原人において、囲む会は後援会ではないのかとの質問に対し、その回答として、被告が「いいえ、それは後援会じゃなくて、自発的に集って、私が囲む会やるから来ませんかというやつですね。」と発言したこと、
以上の事実が認められる。
2 原告らは、被告の前記各発言が、被告の政治活動を応援してきた原告後援者らの活動を否定する行為であり、重大な侮辱行為であると主張する。
なるほど、ある行為が、社会が個人の人格的価値について与える評価(社会的名誉)を低下させるものとはいえなくとも、その対象者が自己自身で与える自己の人格的価値に対する評価(名誉感情)を侵害するものであって、その侵害が一般市民の普通の感覚からして社会生活上是認できる限度を超えていると判断される場合、すなわち、行為者がした表示の内容、右表示の手段ないし方法、右表示がされた時期及び場所等の具体的事情を総合的に考察し、その表現態様が著しく下品ないし侮辱的、誹謗中傷的である等その対象者の名誉感情を不当に害し、社会通念上是認し得ないものである場合には、不法行為が成立するというべきである。
そこで、被告の各発言について検討するに、本件記者会見における「あの、その方たちは何がどう向いても反対なんじゃないですか。」との発言については、右発言の前後関係をも併せ考慮すると、「その方たち」という言葉が原告後援者らを指しているとは必ずしもいえない上、右発言の内容も具体性に欠けるもので、被告の政治活動を応援してきた原告後援者らの活動を否定する趣旨であると解することはできないものであるから、右発言が、原告後援者らについて社会通念上是認し得ないものであるとはいえない。
また、本件記者会見及びワイドスクランブルにおける「後援会という組織はないんです。」との発言及び報道原人における「いいえ、それは後援会じゃなくて、自発的に集って、私が囲む会やるから来ませんかというやつですね。」との発言も、いずれも、特定の個人や集団を攻撃したり、誹謗中傷する内容ではないばかりか、「後援会はない。」と発言しているのではなく、「後援会という組織がない。」と発言していることや、右各発言の前後関係を考慮すると、被告にはいわゆる組織化された後援会が存在しないことを説明する趣旨の発言であって、被告の政治活動を応援してきた原告後援者らの活動を否定する趣旨であると解することはできないものであるから、右各発言が、原告らとの関係において社会通念上是認し得ないとはいえない。
したがって、原告後援者らの不法行為(侮辱行為その1)に基づく請求は理由がない。
五 被告の原告らに対する不法行為責任(侮辱行為その2)について
1 被告が、本件記者会見において、「私一人で耐えて、全部わたくしが三六万票いただいたわけですから、これは私一人で、がんばってどこの土俵に持っていくかというのは、自分で決めるべきだと思っています。」と発言したことは当事者間に争いがない。
2 原告らは、被告の前記発言が、原告らがあたかも被告の公約とは無関係に選挙活動したり、投票活動したかのような発言であり、原告らの良識を傷つけ、精神的打撃を与えたもので、原告らに対する不法行為を構成すると主張する。
しかしながら、前項の説示に照らして検討するに、右発言は、特定の個人や集団を攻撃したり、誹謗中傷する内容とはいえないばかりか、その趣旨は、付託された三六万人の信任をいかに有効に生かすかは被告自身の責任にあるとの被告自身の意見を述べたものにすぎないと解されるから、右発言が、原告らとの関係において社会通念上是認し得ないといえないことは明らかである。
したがって、原告らの不法行為(侮辱行為その2)に基づく請求は理由がない。
六 結論
以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 筏津順子 裁判官 鈴木正弘 裁判官 松井洋)
別紙 原告目録(一)(二)(三)<省略>